Tae’s NOTE

母&妻&会社員。40年も生きると人生で演じる役割&抱えること・ものが増え、心のモヤモヤも増える。思考を前向きに整理するための My Noteです。

「○○してはいけない」の拒否症状から考える

今日は最近感じでいる自分の変化についての記録。

 

この1か月くらい、ネットの記事や動画のタイトルに敏感になった。

 

「〇〇してはいけない」

「〇〇できない理由」

「〇〇していると不幸になる」

 

こういうネガティブなワードが連なっているモノは、

なんか読みたくない。

なんか見たくない。

 

ネガティブワードのパワーが強すぎて。

スルーするようになった。

 

以前までは、

 

え?何?

それは大変!!

読んで(見て)回避しなきゃ!

 

と思って読んだり見たりしていたのだけれど…

いまは見たくない。

 

これって、どういうことなんだろう。

 

疲れているから?

そういうのを受け止められない。

受け止めたくない。

自分の領域に入ってきてほしくない。

 

そういうことなのかな、と思う。

 

ただ、地に足がついて、余計な情報がなくても生きていけるという心の芯ができたということなのかもしれないと思う。

 

自分にとっての要、不要がパッとできるようになったというか。

 

前は、グラグラ揺れていた。

だから、「もしかしたら何か役に立つかもしれない」と風呂敷を広げて、雑多な情報を無理して取りに行っていた。

自分に自信がないから、覚悟が足りないから、「いま」「ここ」から逃げるための場所を常に探していたというか。

 

いまも逃げ癖はある。

いつも逃避行は考えている。

ただ、「いま」「ここ」でやることについてはやり切ろうという覚悟は持てるようになった。

 

「〇〇してはいけない」というのは、人の心に恐怖を植え付けるキラーワードともいえる。

そういうワードに心を操られなくなった、ということなのかな。

 

毎度のことながら、オチのない話。

心地よさは日々のコンディションで変わるので、明日はまた変わっているかもしれないけれど。