Tae’s NOTE

40代、母&妻&会社員。綺麗なモノ、ヒトが大好き。

シュリンクする世界で

新型肺炎ウイルスの影響で、この一ヶ月は世の中全体が自粛ムード。

人が集まるイベントが軒並み中止。

子どもと楽しみにしていた地域のフリマも開催中止になり。

こうなると、気分もちょっと沈み気味に。

 

とはいえ、

テレワークについて会社の担当部署が真剣に検討を始めたり(オリンピックのときに通勤できないかもと思っていたのでラッキー)、

手洗いうがいの意識が高まったり、

公共の場所での咳マナーが身に付いたり。

他にも探せばあるはず。

良いことも、前進することもある。

 

経済も、打撃を受ける業種(旅行、イベント、外食とか?)がある一方で、

儲かる業種(通販、中食、インターネット関連とか?)もある。

 

今回、自分の気付きとしては、

人類は運命共同体

人は一人で生きているわけではない。

お金があっても健康は買えない。

ピンチはチャンス、と思いたい。

 

…こんなところかな。

 

あとは、何だかな…って気分のときに

ワッハッハ!

と言ってみる。

泣いてた我が家の4歳児が笑い出す、鉄板ネタです。

大人一人でやっても、なんか笑えてきます。

(注:人前で初めてやるときはホームグラウンドで試してください。アウェイでやると怪しい人だと思われる可能性あり)

 

シュリンクのあとは、エクスパンションがやってくるはず。

返せ~の正体

今日は仕事で六本木界隈に行きました。

すると、何やら物々しい雰囲気。

街宣車からの叫び声が聞こえる。

何だ~?と思っていたら、聞こえてきたのは、

「返せ~」

の声。

え?何を?と思ったのだけど、

ふと、今朝の日経新聞のコラム「春秋」に今日は北方領土の日と書いてあったことを思いだし。

おそらく、近くのロシア大使館に対する呼び掛けだったのだのではないかという結論に。

 

まだ、100年前の戦争の名残があるという現実。

ママはどうして会社がコロコロ変わるの

上の子に言われてドキッとした一言。

 

ママはどうして会社がコロコロ変わるの?

 

えっ…転職回数が多いことを攻められてるのかしら?私。

 

戸惑う母。

 

だってママ、今日はいつもと違う場所に行くんでしょ。

 

あ、そういうこと。

と胸を撫で下ろす母。

 

いまの会社はオフィスが二拠点あって、

私にとってのサブのオフィスに行くときは、

いつもより10分くらい早く家を出ないと間に合わない。

 

保育園の送りがあるので、下の子に前日から明日は早く家を出るよと

話してる(諭してる?脅してる?)のを聞いていての疑問だったらしい。

下の子の微妙なプレッシャーを感じての発言だったのかも。

上の子は、最近、反抗的な言葉をよく使う。

でも、下の子がぐずったりして私が手を焼いているとヘルプに来てくれたりする。

優しい子なのだ。

 

母もその優しさに助けられてますよ。

いつもありがとう。

 

と、面と向かっては言えないので、ここに記しておきます。

四半世紀(1Q95)~語り継ぎ、語り合う

阪神大震災から25年。

1995年1月17日。

私は被災地から離れた雪国に住む受験生だった。

その半月後、大学受験で上京する。

受験会場で「被災地の方は受験料免除がありますので申し出てください」と係の人が言っていたことを今でも思い出す。

大学受験という人生の一大イベントの最中だったので、リアルタイムで被災報道を見ていた記憶はない。

ただ、日々、死者の数が増えていっていたことだけは覚えている。

死者6434人(日経新聞2020年1月17日付より)。

この数がどんな意味を持つのか、当時の自分には全く考えがなかった。考えもしていなかった。

いまなら、マンモス小学校6校分、とか、100人規模の会社が65社分、とか、例えも思いつくけれど。。。

この少子化、人口減少の時代、マンモス小学生が6校も一気になくなったら…考えるだけで恐ろしい。

 

阪神大震災の9年半後、私は東京で働いていたにもかかわらず、中越地震の発生時に現地で震度6を経験することになった。

新幹線の中で被災したときの揺れと恐怖。

余震におびえながら一晩過ごしたこと。

電気ガス水道といった生活インフラが止まる心細さ。

晩秋の夕暮れ時に真っ暗な住宅街を見ながら、「戦後みたい」と感じた強烈な喪失感。

そんなセンセーショナルな体験も、一日、一週間、ひと月、一年と日を追うごとに記憶の片隅に追いやられる。

自分の人生にとって大きなインパクトを与えた出来事だったはずなのに。

(この後、人生何が起こるかわからないと、初めての転職を試み、その後、様々な理由で職を転々とすることにもなるのだけど。思い返せば、この被災経験は別の意味合いもあったと当時は感じていた)

 

今年の報道でも繰り返し言われていたけれど、阪神大震災から25年が経過して、人間の記憶の風化は避けられない。

それでも、折を見て、若い世代に語り継ぐこと、同世代と語り合うことが必要なんだと思う。

これから来るといわれている南海トラフ地震に備えるためにも。

 

まずは自分が子供や夫と話してみることがスタートかもしれない。

お母さんがまだ学生だったときにこんなことがあってね、と。

幸せな読書の時間〜「小暮写真館」宮部みゆき

宮部みゆきさんの「小暮写真館」(文庫本、上下巻)を読んだ。

最後の解説で兵庫慎司さんが「その文章を読む行為そのものが幸福」と書いてたけれど、この本を読んでいる間、本当に頭の中が幸せだった。

 

小説を読むには想像力が必要だ。

映像作品は(当たり外れはあるけど)目の前に正解を出してくれるし、

最近のビジネス本はすごくわかりやすく書かれている。

そういうわかりやすさに慣れきってしまっていたから、

正直、はじめの数十ページはちょっと苦労した。

でも、段々、心に、脳に、この話の世界が染み入ってきて、下巻は読む手が止まらなかった。

第4話にして、主人公の妹が幼くして亡くなった事情がわかるのだけど、

特に小さい子供を持つお母さんには、ほんとにこんなことありそう、って思わせるリアルさで。

その場面は涙無くしては読めず。

不覚にも通勤電車の中でハンカチを取り出して涙を拭う始末。

しかも2日連続。

(話はちょっとずつ続いてるからね)

 

宮部みゆきさんの小説を手にとって読むのは、20代の頃、「模倣犯」や「理由」を読んで以来。

数年前に日経新聞で連載してた「三島屋変調百物語」の「 迷いの旅籠」を読んだとき、ちょっと作風変わったなと思ったけど、

時代物だからかな、と思ってた。

でも、それだけではなくて、作者の側でも色々と変化があったみたいで。

あとがきを読んで、その気もち、わかる~❗と激しくうなづいてしまった。

時代の空気の共有というのかな。

なんか、同じ事を感じている人がいるんだと、嬉しく思うと同時に、

このままでいいんだっけ?とも。

 

あとがきには、参考にした本も載ってて。

そうか、着想を形にするには、何らかの手助けがあってもいいんだという気づきもあった。

 

読み終わって、なんだか淋しい。

でも、鉄路は続いてるから。

走っていればまた出会うこともあるよね。

こんな気持ちにさせてくれる本に。

 

ありがとう。

I hope you're doing well.って言われたら

日々使う言語とそれが感情に及ぼす影響について考えてみた。

 

お元気ですか?

 

って聞かれて、

 

元気です

 

って即答できる時は元気なとき。

 

だけど、時には、もにょもにょ言いたくなるときもある。

ちょっと聞いてほしいことがあるときとか。

 

でも、

I hope you're doing well.

ってメッセージがきたら?

 

日本人って相手に合わせちゃう人種だから、

相手が自分が元気でやってることを祈ってます、なんて言われたら、

 

元気にやってます。

ありがとう。

 

って自然に言える気がする。

 

誰かに言ってもらわなくても、自分で自分に問いかけるのが一番簡単かも。

 

なんて思った昼休みでした。

吹っ切れた感と新しい人生のガイドライン

師走です。2019年も残すところあと3週間余り。

最近ブログはご無沙汰だったのだけど、40代ワーママなりに平凡ながらも幸せな時間を過ごしていました。

(とあっさり書いてますが、平凡な生活を維持するために水面下で働く親がどれだけもがいているかは今後掘り下げて書きたいテーマです)

 

昨晩はその平凡な日常生活を脅かす事件=下の子が夜中に嘔吐するという事象が発生。

そのため、今日の私は平凡な日常生活を手放し、会社を休んで4歳児を自宅で一日看護することに。。。

幸い、下の子は日中、嘔吐もなく、水分も取れており、いつもの休日よりゴロゴロしているものの、おもちゃで一人で遊んだりしてくれたので、

私もこの数週間ずっと手を付けたかった

・本の整理(古本屋に売るための本選び)

・使ってなかった銀行口座の解約手続き

など地味だけど心と時間に余裕がないとできないタスクに着手することができました。

 

本は、令和が始まった頃から「もう手元に置いておかなくてもいいかなあ」と思っていた本が数冊あったのだけど、

今回しみじみと本棚を見返してみて、三分の二は手放すことにしました。

なぜなら、いまの自分には必要ないと思えるものだったから。

 

一例でいうと・・・

「自分を知る本」

「自己肯定感をもてない自分に困っています」

「うまくいったやり方から捨てなさい」

「自分を大切にする生き方」

「自分を休ませる練習」

… このほかにも何冊もありますが、、、

 

私、どれだけ自己肯定感が低くて疲れてたんだ!

 

と思うタイトルがずらり。

そして、

 

ばかみたいに悩んでたな~、私。

 

という心の声が。

「2010年代半ばは色々悩んで試行錯誤していたわね、あなた」と俯瞰的かつ客観的な視点で過去の自分に向き合えてしまいました。

 

さらに、どうしてあんなに「自己肯定感」が低かったのか。

と今さら問いかけてみても、意味はないのだけれど。

子育てやリストラ、それにまつわる自分の中の小さなこだわりの数々で細かく細かく自分の首を絞めてたらこんがらがっちゃったんだよね。

 

自分はこんなにがんばってるのに誰も認めてくれない。

認められるにはどうしたらいいか。

と、評価に対する考え方が妙に他人軸に偏っちゃって。

もともとは自分で答えが出せる人間だったはずなのに、やたらと周りに意見を求めにいったり、他人に合わせようとしたりしていた。

子供ができたことで周りの人ともっとつながらなければという思いもあったのだと思うけど、それもいま考えるとずれたとこ行ってたね。 

 

ただ、そんな試行錯誤を経て、お金も時間もいっぱい使わせてもらったこの3年間があったからこそ、いまの自分がいる。

「第二の思春期」ともいわれる40代初期にどっぷり自分に向き合えたのは本当にラッキーだったと思う。

 

月に満ち欠けがあるように、寄せては返す波があるように、自然の世界には自分の力だけではどうしようもない事象がたくさんある。

人生にも、波がある。

いままで、人生で試練がやってきたときは自らの行動で打破していかなければと思っていたけれど、

・我慢する(無駄に動いて死なない/体力温存しておく)

・やりすごす(正面から向き合わない/ほかのことにフォーカスする)

・チャンスを待つ(腐らない/希望を持つ)

という新たな指針を明確化できたことは、私にとって、とても価値のあることだった。

(って、ほかの人には当たり前じゃん、ってことも多々あるはずだけど) 

 

なんかとても哲学的(!?)になってしまったけど。。。

人生で迷ったときは立ち戻ってこれそうなアウトプットができてよかった。

 

ちなみに、ここ数年何冊も読んで心のバイブルになっていた和田裕美さんやちきりんさんの著書もいくつか手放すことにしました。

自分の血や肉になっていることもたくさんあるし、手放したけど必要になったときはそのとき手に入れればいいかな、と。

来年は古典も含め、小説中心の読書にする予定です。