今日は、日経新聞スポーツ面に掲載されていた三浦知良(カズ)さんの連載コラムΓサッカー人として」より。
50歳を過ぎても現役で居続けるカズ。
若い選手には書けない年輪を感じさせる言葉選びが好きで、毎回読むのを楽しみにしている。
なにせ、カズは私がサッカーを見始めたときは超スター選手。Jリーグ開幕のときの熱狂をいまも思い出すなあ…。
そんなカッコいいカズと、いまを冷静に受け止める大人なカズとが共存している今回のコラム。
日常が戻りつつあるとはいえ、僕らを取り巻く風景は様変わりしつつある。
(中略)
この3ヶ月で一生分の消毒と手洗いをした気になってくる。
(中略)
サッカーも何かと無駄があるのかもね。
と始まり、
銀座の街では店員がフェースガード着用らしい。(中略)そのうちΓエアーバグ」Γエアーキス」なんて出てきそうだ。リモートラブが推奨されたらどうしよう。
と続く。
リモートラブ(笑)。
カズが言うからかっこいい。
外国人がやるようなハグ&キスも様になりそうだもんな~。
さてさて、今回心に突き刺さったのは以下の部分。
この3ヶ月、アスリートには我慢の日々だったはず。(中略)ただ僕についていえば、そもそもこの約2年間が忍耐の時間でね。
望むだけの出場機会に恵まれない。それでも出場のため毎日、練習と向き合う。変わらず、できることを。この癖がついていたから、思うに任せぬ新型コロナとの我慢比べにもいつも通り向き合えた。Γ出場できず強いられる我慢」は喜ばしいものではないんだけど、その経験はコロナの時世をやり抜く時間をくれた。
我慢や忍耐って、カズから最も遠い言葉かと思っていたのに。。。
ピッチに立てるのはGKを入れても11人。
肉体の絶頂期を超えたベテランがピッチに立ちたければ、いつ来るかわからない出場機会のために日々準備していくしかない。
そして、そこでの我慢や忍耐といった経験も、他の困難を超えるための糧になる。
カズが言うから、なおさら、心に沁みる。
我慢、辛抱、忍耐…
これらが好きな人はいないと思うけど、お友だちになると人生の幅が広がるのかも。
避けたり逃げるのではなく、なんとか折り合いをつけて共存していく。
それが、精神的に大人になるということだろうか。
…と言っている時点で、まだまだ子供なのである。